新潟ドライブ 前編
前回の続き。
前回は東川口でラーメンを啜っていたところ、突如長野へ召喚された出来事を綴った。
今回はその翌週に新潟へドライブに行った事を記録したい。
【新潟ドライブ】
長野弾丸ドライブから1週間後の6月18日。
今回も2日間の休みが確保出来たため、久しぶりに新潟方面へ赴く事とした。
高速代をケチるため、深夜の国道17号を群馬・新潟方面へ。上武道路から渋川伊香保IC経由で関越道に入り、新潟県へ向かった。
途中の越後川口SAで仮眠。その後、午前9時すぎに中之島見附ICで高速を降りる。
今回はある物が食べたくて新潟までやって来たのである。何が食べたいかというと…
①燕三条背脂ラーメン
新潟のご当地ラーメンのひとつ、燕三条背脂ラーメンが食べたかったのだ。このラーメンは読んで字のごとく、背脂が乗った濃厚な醤油スープがウリである。
自分はどちらかというとさっぱりしたラーメンの方が好みだが、友人の1人がこのラーメンをいたく気に入り、強く太鼓判を押していた。長岡系は先日食ったので、今回は燕三条背脂系を試してみよう…ということで今回は燕市にお邪魔したのである。
期待に胸を躍らせながら車を走らせ、発祥店舗である杭州飯店に到着。

杭州飯店は人気店という事もあり、11時の開店を前にして既に30人以上が並んでいた。
列に加わり、ソシャゲをやりながら順番を待つ。炎天下だったため、日傘を差している人もちらほら。
30分後、店内に案内された。注文を取ってもらい、お冷を飲んで待っていると大きな丼が目の前に運ばれてくる。

うまい!
甘みとコクのある魚介系の背脂醤油スープが、モチモチとした食感の極太麺とよく絡み合っている。
スープは思っていたよりも油っこくなく、甘みのある玉ねぎがマイルドな風味を引き立たせる。
厚みのあるチャーシューもしっかり噛みごたえがあり、僕好みのチャーシューだった。
あっという間に完食。機会があったらリピートしよう。
お腹も心も満たされ、次の目的地へ向けて車を走らせる。
続
長野弾丸ドライブ
今年初の更新。
………というか、去年2月にブログを更新して以降、完全に放置していた。
去年2月以降もサバゲーやドライブに行ったり、コロナに罹るなどの様々なイベント(?)はあったものの、ブログの存在自体を忘れておりました。
そこで今回はリハビリと備忘録を兼ねて、6月のドライブ2件を前編後編に分けて記録したいと思う。
【長野弾丸ドライブ】
①休日のラーメン 〜なぜか長野に〜
6月11日(火)。この日は生憎の雨。
特に出かける予定も無かったので、東川口駅の近くにある新潟長岡生姜醤油らーめん みずさわにてラーメンを啜っていた。


生姜が効いた醤油スープに、食べ応えのある太縮れ麺。ジューシーで柔らかいチャーシューに、揚げたての唐揚げがセットでついてくる。僕の推しのラーメンである。
僕だけが長岡生姜醤油ラーメンを享受するのも申し訳ないので、Twitter(断じてXなどとは呼ばん)にも画像を上げてお裾分けした。これを見て、フォロワーの1人であるシラユキ氏が反応した。
https://x.com/fry_chagu/status/1667719049491677185?s=46
彼はどうやら長野にいるらしい。
彼は関東在住であるが、旅行を趣味としており全国を軽々と飛び回っている生粋のお出かけ89…旅人だ。
(彼のお出かけレベルの評価は人それぞれだが、僕は間違いなく彼はお出かけ893だと思う。)
その彼から長野に来るべしとの命が発せられたのである。次の日も休みだし、せっかくの機会なので弾丸長野強襲を敢行することにした。
東川口から浦和ICに入り、関越道・上信越道をひたすら突っ走る。


https://x.com/fry_chagu/status/1667777820746223616?s=46
②日本国道最高地点

長野に来ちまった。
合流場所に指定された湯田中駅近くのローソンにて車を停め、ボーッとしているとシラユキ氏がやって来た。
彼と会うのは去年の9月以来。彼が新潟県内のネカフェに宿泊していることを僕が長野県内で察知し、急襲して以来だった。
他愛も無い話をしつつ、とりあえず僕の車に招き入れる。しかしお互い何のプランも持ち合わせていない。彼と友人(僕の古参フォロワーでもある)の、スマホから聞こえてくる「キュッキュッ」という謎の音が混じった通話を聞きながら、とりあえず標高の高い所へ行こうということになり車を発進させる。



車で国道292号を30分ほど東進すると、長野と群馬の県境である渋峠に到達した。
Twitterで見たことがある、県境に跨って立地する渋峠ホテルを生で見て思わず興奮。


さらに5分ほど車を走らせ、標高2172mにある日本国道の最高地点に到達。
本来であれば眼前には息を呑む絶景が広がっているものと思われるが、この日は深い霧に包まれ、人を寄せ付けぬ幻想世界と化していた。
下界は蒸し暑い天気だったが、標高2172mの当地点は気温が一桁。スマホの電波も圏外だし、寒かったので退散することに。
来た道を戻り、彼の宿泊予定のホテルで解散。
僕も折角だから何か食って帰ろうと思ったが、昼飯がヘビーだったのでお腹が空いていなかったし、次週に別件のドライブを予定しているのでご飯は宿題とした。
帰りは万代書店で中古のミリタリーグッズを覗きつつ、眠気覚ましにslipknotメドレーを爆音で流しながら帰路へ着いた。
https://x.com/fry_chagu/status/1667906555591950336?s=46

途中のSAで食べたきのこうどん。
シンプルイズベスト。美味しかった。
続
2022年2月のドライブ 3日目
【3日目】
相馬→我孫子
9時頃に目が覚め、眠たい目を擦りながら朝食のパンをかじる。
予報は外れ、関東圏での降雪は観測されなかったようだ。 特に帰路への影響は無さそう。
道の駅から車を出し、国道6号をひたすら南下する。
途中、帰還困難区域を通過。
仙台方面から関東に直接戻る時は毎回国道6号を通っているが、旧式ロゴのかっぱ寿司や窓が割れて朽ち果てた自動車販売店などを見る度に「この辺りは10年前から時が止まってるんだな…」と感じてしまう。
茨城県に入り、北茨城で最後の給油。
その後、日立北ICから常磐道に入る。
(日立市内を下道で通過するのは拷問に等しいと古事記にもそう書かれている)
常磐道で一気に茨城県を駆け抜け、柏ICで高速を降りて我孫子方面へ。

我孫子駅のホームにある弥生軒の唐揚げそばを食べるために寄り道させて頂いた。
丼から溢れんばかりの巨大な唐揚げ。汁やそばとの相性も抜群で、食べ応えがある。
この唐揚げそばは鉄道マニアや我孫子駅の利用者には有名な存在で、僕も大学時代に熊谷から大回り乗車をして何回か食べに来ていた。
約3年ぶりに食べたが、やはり変わらぬ美味しさ。
あっという間に平らげた。
お腹も満たされたし、あとはゆっくり帰るだけだ。
柏から国道16号で野田方面に向かい、野田からは松伏を経由して越谷に帰還した。
久しぶりの長距離ドライブだったが、要所要所でしっかり仮眠を取ったので、前回(8月)のように疲労困憊という感じは無かった。
事故もなく無事に帰って来れたのが何よりだ。
もう少し暖かくなったら、今度は西を攻めたい。
ちょっと気になるお店もあるし。
まだまだ僕のノート君には頑張ってもらいたいところだ。
終
2022年2月のドライブ 2日目
【2日目】
黒石→長者原
道の駅 いなかだてで夕食をとった後、持ち込んだ毛布やタオルケットを被って1時間ほど仮眠。
目が覚めた時には日付が変わっていた。
ぼんやりとした頭で今後の予定を立てる。
8月のドライブ時は秋田方面から北陸方面に抜けたが、今の時期はさすがにやりたくない。
また、その日の夜から関東圏で降雪の予報が出ており(結局外れたが)、帰宅への影響を最小限に抑える為に関東に近い所まで今日中に戻っておきたかった。
とりあえず宮城県内まで南下すべく、再度黒石ICから東北道に入る。
そこからは長者原SAまでノンストップで走行。
だいたい4時前に長者原SAに到着し、車内で爆睡した。
お昼前に目が覚め、フードコートでタン塩ラーメンを注文。

牛タンのコクと、とろっとした味わいのスープがマッチして美味しかった。
牛タン定食も良いけど、牛タンラーメンも乙だね。

腹ごしらえの後は高速を降り、鳴子温泉へ。
鳴子温泉にも様々な湯どころがあるが、僕は毎回この鳴子・早稲田桟敷湯に浸かっている。
ここは昭和中期に早稲田大学の学生が実習で掘り当てたという温泉で、近隣にある滝の湯と同様、共同浴場として親しまれている。

(去年の同時期に撮った写真。)
入口は一風変わった雰囲気。
ここは露天風呂こそ無いものの、浴場は開放的な作りで、少し熱めのかけ流し硫黄泉が特徴的。
2階には休憩スペース(中桟敷)があり、さらには図書館も併設している。
シャンプーやドライヤーが有料だったり、料金が550円と少々高めなので評価は分かれると思うが、個人的には落ち着いた雰囲気で好みの温泉だ。
鳴子温泉→相馬
途中の大衡村で給油し、仙台圏をそのまま通過。
20時頃に道の駅そうまに到着。
向かいにあるセブンで弁当とおやつを調達。車内で夕食をとり、そのまま寝入ってしまった。
続
2022年2月のドライブ 1日目
【1日目】
東京→青森
国道4号全線走破

深夜、越谷から首都高を経由してスタート地点の東京・日本橋へ。
1時10分、日本橋を出発。途中から新4号バイパスに入り、二本松の道の駅 安達に5時25分頃到達。ここで3時間ほど仮眠。

9時台に安達を出発し、途中白石で給油したのち13時頃に古川のコンビニに到達。ここで昼食をとり、約3時間かけて盛岡に到達。
盛岡で補給と給油を終え、18時前後に岩手・青森県境を通過。19時前に十和田市の道の駅 とわだぴあに到達し、さらに2時間弱をかけて21時頃に終点の青い森公園に到着した。


休憩時間を含め、日本橋からだいたい20時間弱かかった。
当初は雪の影響を懸念していたが、除雪が行き届いていたので実際の走行には殆ど影響がなかった。
除雪関係者の方々には頭が下がる。
とはいえ、真冬の青森。
地下通路でスケボーやってる元気な兄ちゃん以外、殆ど通行人を見ていない。
白い森公園と化した青い森公園に長居しても特にすることがないので、車を出す。
来た道を引き返しても面白くないので、国道7号に入り漠然と弘前方面を目指し始めた。
しかし、新青森駅を超えた先の青森市新城地区に入った辺りから降雪量が増加。
7号線で弘前まで向かう予定だったが、急遽予定を変更し、50km規制が出ていた東北道に逃れた。
治安の悪そげな音楽流しながら青森市を脱出した pic.twitter.com/k7PnMOwCBC
— chagu (@fry_96cha) 2022年2月12日
治安の悪そげなロシアンハードベース(実際に歌詞の内容も治安悪いやつ)を流しながら青森市を脱出。
黒石ICで高速を降り、弘前市方面へ。

某弘前市民のMさんが喉から手が出るほど渇望し、同人誌を出版して内外に働きかけて呼び寄せたというある意味聖地な松屋 弘前高田店を訪問。
オープンしてから2ヵ月程度しか経っておらず、店内はものすごく綺麗でオシャレな雰囲気である。
現在はコロナ対策のため20時以降はテイクアウトのみ。さっそく券売機に向かうと、クレーマー気味な現地民の男性が慣れない券売機に狼狽していた。
相手をさせられる店員さんが気の毒である。
僕は厚切りネギ塩豚焼肉丼をテイクアウトし、途中の道の駅 いなかだて 弥生の里に車を停め、そこで夕食とした。
…あれ?
僕は青森まで松屋を食いに来ただけなのか…?
続
2022年2月のドライブ 序章
今年初の更新。
2/12〜2/14で三連休を確保したものの、立てていた予定がことごとく潰れたので久しぶりにドライブへ。
例によってまた単独ドライブ。
どこへ行ってたのかというと、
というわけでリハビリがてらR4を攻略してました pic.twitter.com/EeHBZHd3P7
— chagu (@fry_96cha) 2022年2月12日
また青森。
去年の8月に4号線を青森まで走破してはいるものの、スタート地点が越谷だったので厳密には全線走破とは言えないのではないか…ということで再度国道4号全線走破に挑戦していたのだった。
9月に一度実行に移し、愚かな事に途中の宮城県内でやらかしたため失格。
以降はドライブを自粛していた上に身内の不幸も重なり、長距離ドライブは無期限延期となっていたが、今回改めて挑戦する運びとなった。
「誰が読むんだよ」としか思えない内容だが、備忘録も兼ねてその一部をここに記録しておきたいと思う。
続
今年を振り返って
2021年も幕を閉じようとしている。
個人的には良い思い出や苦い思い出など、去年以上にいろいろあった年だった。
年の瀬を迎え、それらを振り返ってみたいと思う。
①長距離ロングドライブ
今年は9月にやらかすまでは(後述)、ちょくちょく長距離ロングドライブに繰り出していたと思う。
5月は静岡の「さわやか」へ食いに行ったついでに岡山まで行ったり、8月には「3日間で2600km」の長距離ドライブへ繰り出したりした。
その分いろいろ金は飛んだが、かなり楽しかった。
来年も機会と予算に恵まれたら、またやりたいと考えている。
②サバゲー
今年の上半期は全くサバゲーに行けなかったが、7月以降はサバゲーに行く機会にも恵まれた。
特に7月の金沢でのヘリサバは楽しかった。あの灼熱の金沢での熱い思い出は忘れることはないだろう。
また、戦闘を重ねるうちに装備も整ってきたし、立ち回りも洗練されてきたと思う(上手くなったとは言ってない)。来年も予算の許す限り軍拡に努め、闘争路線を邁進したいものだ(?)
③家族について
一方で、今年は辛い出来事もあった。
10月、末期の肺癌を患っていた父が闘病の末に永眠し、12月には実家で飼っていた愛犬も後を追うように老衰で旅立っていった。
家族を亡くす事はとても辛い。何度も泣いた。
もう会えないと思うと、不安と寂しさに苛まれそうになる。
しかし、今目の前の現実を生きていくしかない。
改めて、家族の大切さに気付かされた1年だった。
④物事を慎重に行うこと
恥ずかしながら、今年の9月に初めて事故を起こしてしまった(車を擦った自損事故は除く)。
事故の状況は以前ツイートしたが(https://twitter.com/fry_96cha/status/1441765447733420034?t=r61iPANLChv76feBGg_v3A&s=19)、「かもしれない運転」ではなく「だろう運転」をしてしまったことが原因だ。
幸いにも相手の方は軽傷(むち打ち)だったが、もし判断が一歩遅れていたら、それこそ取り返しのつかない事態に陥っていただろう。
車の運転はもちろん、何事も慎重に行うべきだと思い知った1年だった。
さて、振り返ってみると本当にいろいろあった1年だった。
他にも語りたいことは山ほどあるが、却って煩雑になるのでこのくらいにしておこう。
来年も笑って過ごせますように。
それでは。